メディチのヴィーナス

メディチのヴィーナス


作品情報

制作年
-100
技法
パロス大理石
種類
彫刻

ストーリー

何世代ものグランドツアーの旅人が、この一体の大理石像を見るためだけにフィレンツェを目指した。台座には「アテナイのアポロドロスの子クレオメネス作」と刻まれるが、実際には紀元前1世紀ごろ、プラクシテレスの《クニドスのアフロディーテ》を源流とするギリシア彫刻の系譜に連なる作品と考えられている。裸身をそっと両手で隠すその姿は、長らく理想の女性美の基準とされた。1677年にメディチ家がローマからフィレンツェへ移し、1680年からウフィツィのトリブーナに据えられると、称賛は頂点に達する。あまりに名高かったため、1803年にはナポレオンがパリへ運び去り、彼の失脚後の1815年にようやくフィレンツェへ戻された。

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