
Camille Pissarro · PD
ルーアン港の蒸気船
作品情報
ストーリー
1896年1月、ピサロはルーアンのホテル・ド・パリに宿を取り、見えるものの多くを窓辺からそのまま描いた。65歳、慢性の目の炎症で戸外の仕事がつらく、窓が仕事場になった。数年前、ここでモネは大聖堂を描いていた。ピサロの心をとらえたのは眼下の働く川で、蒸気船、煙、荷を積み上げた波止場だった。対岸にはサン=セヴェールの桟橋が見分けられる。町の工業と労働の側である。家族への手紙で、この波止場によい絵になる美しい題材を見つけたと書き、その冬はどんな天気の日も港を描き続けた。




