
Édouard Manet, The Barque of Dante, 1854. Wikimedia Commons. · PD
ダンテの小舟
作品情報
ストーリー
これは要するにドラクロワであり、ごく若いマネが描いたものだ。1850年代半ば、彼は二十歳を過ぎたばかりで、まだ自分の道を探しており、当時のほとんどの学生と同じく、ルーヴルに画架を据えて巨匠を模写することで学んでいた。ドラクロワ自身が1822年に描いた《ダンテの小舟》がそこに、フランス・ロマン主義の一里塚として掛かっており、マネはそれをもとにこの小さな模本を作った。二人の詩人が地獄の水を渡り、まわりでは亡者たちが小舟にすがりつく。彼はドラクロワを訪ねて模写の許しを乞うたが、この年長の巨匠は丁重ながら冷ややかだった、と伝えられる。マネは同じ絵の二枚目の模本も作っており、そちらは今ニューヨークにある。




