
Dominique Lang · PD
堰
作品情報
ストーリー
ドミニク・ラングが印象派にたどり着いたのは遅く、しかもその周縁からだった。彼はルクセンブルクの町ディーキルヒの学校で教え、授業の合間に絵を描いていた。光とほどけた筆触が題材そのものよりも大切に思えてきたのは、1909年ごろにすぎない。この川とその堰を描いたのは1913年、パリではもう古びた描き方が、それをようやく知りはじめた小さな国ではまだ新しかった頃である。それから数年で、その世界は消えていた。ラングは大流行のインフルエンザにかかり、1919年、45歳で世を去った。彼の名がおもにルクセンブルクのものにとどまっている一因も、そこにある。