
ストーリー
1930年、繊維業の実業家・大原孫三郎は、運河の町・倉敷にギリシャ神殿風の建物を開き、日本に初めての西洋美術館をもたらした。彼はそれを記念碑として建てた。親友であった画家・児島虎次郎が、1920年代に大原の資金でヨーロッパへ渡り、パリの画室や画商から直に絵を買い集めていた。児島は1929年に世を去り、美術館は翌年、彼が集めたものを中心に建てられた。
買い付けを担ったのが、確かな眼と本物の伝手をもつ画家だったため、コレクションは町の規模をはるかに超える力をもつ。もっとも意外な一点は、エル・グレコの「受胎告知」だ。トレドの巨匠の真作が、日本の小さな都市に現れており、モネ、ゴーギャン、マティスと並んでいる。
柱の並ぶファサードはいまも柳の並ぶ運河に面し、かつて海を渡ってヨーロッパへ行く旅費を出せなかった日本の美術学生たちが、本物のフランス絵画の前に立つために、ほぼ一世紀にわたってここへ通い続けている。


