Ewald Arndt-Ceplin
1865–1932 · German
ストーリー
エヴァルト・アルント=ツェプリンはドイツの画家だが、その画業はドイツを遠く離れ、末期のハプスブルクとバルカンの世界の文化的辺境で営まれた。1865年にメルゼブルクに生まれ、まず1890年代、オーストリアの統治下にあったサラエヴォに現れて、文芸美術誌『ナダ』のために絵を描き、この街の若い画家たちの集まりに加わった。その後、もう一つのボスニアの町トゥズラのギムナジウムで、1911年ごろまで素描を教えた。
そこから彼は、独立して間もないブルガリアの首都ソフィアへ移り、素描を教えるとともに、芸術を支援する協会の創立に加わった。これは、この国に絵画のための観客を育てようとする初期の試みの一つだった。彼自身の作品は風景に傾き、戸外の習作から当時流行の装飾的なアール・ヌーヴォーにまで及んだが、同時代の人々は肖像の素描家としての彼をこそ最も高く買い、顔をすばやくとらえる腕を認めていた。彼は画家であると同時に挿絵画家でもあり、現存する作品の多くは、まさにこのかたちで、印刷された紙面の上に伝わっている。
