
ヤコブス・ファン・ローイ
1855–1930 · ネーデルラント王国 · アムステルダム印象派, 印象派
ストーリー
ヤコブス・ファン・ローイのいちばん知られた本『ヤーピェ』は、ハールレムの市立孤児院で育つ少年の物語である。1917年、作者が60歳を過ぎてから出版されたこの本の少年は、彼自身だった。幼いころに母を、まもなく父を亡くし、孤児院は彼にペンキ職人の修業をさせた。彼は夜になると素描の授業に通った。
素描の教師が孤児院の理事たちを説得し、彼はアムステルダムの国立美術アカデミー、ライクスアカデミーに送られる。そこで画家ウィレム・ウィトセンと出会い、二人は「80年代運動」と呼ばれるタハティガースの中心人物になった。オランダの美術と文学を揺さぶろうとした若い作家と芸術家の集まりである。ファン・ローイは書くことと描くことの両方に取り組んだ。運動の雑誌『デ・ニューウェ・ヒッツ』に寄稿し、1884年には絵画部門のローマ賞を受けた。審査員が二人のどちらかを選べず、ヤン・ドゥンセルマンとの同時受賞だった。賞金で1885年から1886年にかけて、イタリア、スペイン、モロッコを旅した。
1894年にティツィア・ファン・ヘルダーと結婚し、ソーストという村に住んで1907年までそこで暮らした。ハールレムに戻ると、1913年に町の古い森の公園ハールレメルハウトのそばに家を買い、1930年にそこで亡くなった。1985年からは、書くことと描くことの両方で活動する芸術家に、彼の名を冠した賞が贈られている。
