
ジェームズ・ガスリー
1859–1930 · イギリス, グレートブリテン及びアイルランド連合王国 · スコットランド写実主義, グラスゴー・ボーイズ
ストーリー
ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーには、高さおよそ4メートルのカンヴァスが掛かっています。描かれているのは、座ったり立ったりしている暗い服の男たち17人。第一次世界大戦中に要職にあった、イギリスと自治領の政治家たちです。費用を出したのは南アフリカの鉱山資本家サー・エイブ・ベイリーで、ジェームズ・ガスリーは1920年代を通じてこの絵に取り組み、1916年に溺死した陸軍大臣キッチナー卿を除く全員について個別の習作を描きました。完成してギャラリーに寄贈されたのは1930年、ガスリーが亡くなった年です。
この公式の絵は、反逆から始まった経歴の終着点にあります。1859年にグリーノックで生まれたガスリーは、法律の勉強をやめて絵の道に進み、正規の美術教育はほとんど受けていません。1881年に描いた《ハイランドの葬式》は、室内に集まった会葬者たちを描いた、暗くほとんど単色の場面で、彼自身が立ち会った溺死した少年の葬儀に基づいています。この絵は、アトリエで描く歴史画を離れ、戸外で農村の暮らしを描いたスコットランドの若い画家たち「グラスゴー・ボーイズ」の旗印となりました。その多くは、ガスリーが1880年代初めに制作したコックバーンズパスの村で描かれています。
のちには肖像画の注文が彼の主な仕事になりました。1902年から1919年までロイヤル・スコティッシュ・アカデミーの会長を務め、1903年にナイトに叙されています。
