ヤン・マテイコ

ヤン・マテイコ

1838–1893 · クラクフ自由市 · 歴史画, ロマン主義, 19世紀の写実主義


ストーリー

ヤン・マテイコは1838年、地図の上には存在しないポーランドのクラクフに生まれた。この国は60年前にロシア、プロイセン、オーストリアの三国によって分割されており、マテイコが絵を描く頃には、同胞の大半はポーランドの政府のもとで暮らしたことが一度もなかった。彼はその抹消に、大きさで応えた。ポーランド史を描いた彼の絵は巨大な規模に及び、1878年の『グルンヴァルトの戦い』は幅10メートル近くに広がり、自らの国家をもたない身であってもなおポーランド人が誇りにできた、1410年のドイツ騎士団に対する勝利を、名のある王や騎士、旗指物でひしめかせている。

マテイコは数十年を一枚のカンヴァスに凝縮し、実際には起こらなかった会見を作り出し、記録された衣裳よりも劇的な効果のために人物を着せた。後の歴史家が批判した選択だ。それでもこれらの絵は版画や絵葉書として絶えず複製され、分割されたポーランドの地の家々に掛けられ、当時、国立美術館や国家の政府にはできなかった仕事を果たした。

彼は生涯最後の20年間、クラクフの美術学校で教え、次の世代のポーランドの画家たちを育てた。そして1893年に亡くなり、あの巨大な『グルンヴァルト』のカンヴァスが15年前に人々を引き寄せた、その同じ都市に葬られた。

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作品

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