ヨーゼフ・ハイデロフ
1747–1830 · 神聖ローマ帝国, オーストリア帝国
ストーリー
ヨーゼフ・ハイデロフは、職業人生の大半を、神聖ローマ帝国の官房であるウィーンの帝国宮廷官房のために紋章を描いて過ごしました。マインツに生まれ、1771年からウィーンのアカデミーで学び、1806年まで紋章画家の職にありました。その年、帝国そのものが解体されています。紋章のほかに、城や宮殿を描いたグワッシュも数多く残しました。
ベルヴェデーレにある1779年の板絵は、ウィーン近郊のぶどう収穫の光景を広く見渡したもので、視線はクロスターノイブルク、レオポルツベルクとビザムベルクの丘、そしてドナウ河畔の町コルノイブルクへと向かいます。ハイデロフは1830年、当時ウィーンの郊外だったラントシュトラーセで亡くなりました。
