
ヨーゼフ・カール・シュティーラー
1781–1858 · バイエルン王国 · 新古典主義
ストーリー
ベートーヴェンを思い浮かべるとき——ぼさぼさの髪、鋭いまなざし、赤いスカーフ——その姿はまず間違いなく、ヨーゼフ・カール・シュティーラーが1820年の初めに数週間で描いた一枚の絵の姿だ。作曲家が実際にモデルとして座ったと分かっている唯一の肖像で、それでも彼はじっとしていられない相手だった。手はのちに記憶をたよりに仕上げるほかなかった。シュティーラーはベートーヴェンの手に楽譜を持たせている。当時この作曲家が格闘していた宗教曲、《荘厳ミサ曲》だ。
シュティーラーはこのころミュンヘンでバイエルン諸王の宮廷画家を務め、その職に数十年とどまった。仕事の多くは、洗練されたお世辞のようなものだった。国王ルートヴィヒ1世は彼に「美人画廊」を描かせた。王が自分の王国で見つけられたかぎりの美しい女性たち、公爵夫人から靴屋の娘まで、三十六枚の肖像が、町はずれのニンフェンブルク宮殿にまとめて掛けられている。
年老いた詩人ゲーテも、1828年に描いた。それらの顔の大半は、今では専門家しか知らない。だがベートーヴェンの顔だけは、鉛筆と書きかけのミサ曲の上で眉をひそめるその姿が、その後200年にわたり演奏会のポスターやレコードのジャケットに刷られる図像となった。
