ノウィオス・プラウティオス
共和政ローマ
ストーリー
ノウィオス・プラウティオスについてわかっているのは、ラテン語のたった一行だけです。それはローマの東、パレストリーナで見つかった青銅の化粧箱「フィコローニのキスタ」の蓋に刻まれていて、「ノウィオス・プラウティオス、ローマにてわれを作る」と読めます。彼についてほかの記録は残っておらず、その生涯はキスタを通してしか年代づけられません。キスタはふつう紀元前4世紀のものとされています。
その一行にも手がかりはあります。ノウィオスは南イタリアのオスク語を話す人々が用いた個人名で、そのため多くの研究者は、彼かその家族がナポリ周辺のカンパニア地方から来たと考えています。「ローマにて」という言葉は、彼の工房がローマの町なかにあったことを示しています。
