
レールダムの市門
作品情報
ストーリー
この絵に描かれた門は、描かれたときにはもう存在していませんでした。ステイヘルポールトは1560年ごろ、レールダムの防備の一部として築かれた四つの市門のひとつで、町の通りから港とリンゲ川へ抜ける門でした。19世紀になると町は大きくなり、城壁が邪魔になったため、1863年にレールダムはこの門を、もうひとつの門とともに取り壊しました。アムステルダム国立美術館はワイセンブルフのこの絵を1868年から1870年ごろの作としています。つまり彼は、もう立っていない建物を描いていたことになり、おそらく取り壊し前に描いた習作をもとにしたのでしょう。この門については、はるかに古い記録も残っています。1690年ごろ、画家ピーテル・ミュリール(子)がリンゲ川の側から描いたスケッチです。