
J. M. W. Turner, Chichester Canal, 1828. Wikimedia Commons. · PD
チチェスター運河
作品情報
ストーリー
チチェスター運河は戦争が生んだものだった。それが掘られたのは、イギリスがナポレオンの艦隊を恐れ、船をロンドンとポーツマスのあいだで外海に出さずに動かそうとしていた時代である。この運河に金を出した一人が、ペットワースの領主であり、ターナーの友人であり庇護者でもあったエグレモント卿だった。1828年ごろには戦争はとうに過ぎ去り、運河はほとんど利益を生まなくなっていた。ターナーはこの絵をペットワースの彫刻の間のために描いた。壁の高い位置に掛けるために構想された、四点の横長の風景の一つである。彼は運河をほぼ同じ構図で二点描いており、いずれもハンストン近くから眺めたものだ。この一枚では日はほとんど沈み、水面は静まりかえり、高い帆柱の帆船が金色の空を背に浮かび上がっている。




