
村の祭り
作品情報
ストーリー
宿屋の前で村祭りがたけなわです。人々は食べ、飲み、踊り、口づけを交わし、左側では一人の男が吐いています。一日じゅう飲み食いを続けた報いです。フィンクボーンスは自分の名前を建物そのものに書き込みました。右手の扉の上です。そして窓の下に1629年という年記を入れています。
このころ彼は、アムステルダムで20年以上も農民の祭りを描き続けていました。この主題をオランダに持ち込んだのも彼でした。マウリッツハイス美術館は、こうした絵が誰のためのものだったかを率直に書いています。都市の裕福な市民が、農民とその素朴な楽しみを笑うために買ったのです。
年記から、この板絵は彼の最晩年の作品の一つとわかります。フィンクボーンスはその後数年のうちに亡くなりました。1631年から、妻が初めて未亡人として記録に現れる1633年1月までのあいだのことです。美術館がこの絵を購入したのは1888年、フリースラントの町ハルリンゲンの収集家S・B・ボスのコレクションがアムステルダムで競売にかけられたときでした。