
化粧の場面を描いたファリスキの赤像式スキュフォス
作品情報
ストーリー
この深い酒杯が描かれた紀元前360年から350年頃、ファレリイはローマの北およそ50キロの岩の台地に築かれた豊かな町で、まだローマに従属してはいなかった。町の陶工たちはアテナイの壺から赤像式の技法を学び、アテナイで修業した絵付け師の手を借りた可能性もある。紀元前4世紀を通じて、その工房は地元の宴や墓のために杯や器を作り続けた。紀元前241年、ローマはこの町を滅ぼし、住民を平地の新しい町へ移した。
表側の場面を、ルーヴルは疑問符つきで「化粧の場面」と説明している。裸の女性が高い脚つきの水盤ルテリオンに身をかがめ、裸の男性が体を洗い、髪を髷に結ったもう一人の女性が石に片足をかけてサンダルの紐を結んでいて、そのそばにはヤマウズラがいる。その上では開口部からサテュロスが半身を乗り出し、冠を手にした半裸の男へ腕を伸ばしている。裏側では二人の男がアポロンかもしれない人物の両脇に立ち、横たわる若者がラッパを吹いている。このスキュフォスは、1861年にフランスが一括して買い取ったローマの収集家カンパーナ侯爵のコレクションとともにルーヴルに入り、破片をつなぎ合わせて復元されている。