
Edvard Munch · PD
カール・ヨハン通りから
作品情報
ストーリー
1889年の春、ムンクはクリスチャニアで自分ひとりの展覧会を開いた。ノルウェーの画家が会場を借りて自作だけを並べるのは、当時ほとんど前例のないことで、その反響で彼は国の奨学金を得て、秋にはパリへ発つ。父が亡くなるのは、その年の11月である。
カール・ヨハン通りは、彼が1885年ごろから繰り返し描いた場所だった。王宮と大学をつなぐこの道は、ちょうどそのころ、地方都市の静かな通りから、人が互いを見せ合いながら歩く目抜き通りへと性格を変えていく。ムンクの一連の絵も、その変化と足並みをそろえるように、正確な遠近法から少しずつ離れていった。三年後の《カール・ヨハン通りの夕べ》では、同じ通りを歩いてくる人々の顔が仮面のようになる。




