
ネロの頭部
作品情報
ストーリー
紀元65年4月、ネロ暗殺の陰謀が実行前に発覚しました。陰謀は、首謀者たちが皇帝に担ごうとした元老院議員ガイウス・カルプルニウス・ピソの名で呼ばれ、続いて起きた粛清は歴史家タキトゥスが書き残しています。自害を命じられた者のなかには、ピソ本人、詩人ルカヌス、そしてかつてネロの家庭教師だった哲学者セネカがいました。
美術館はこの頭部を同じ年の頃の作としています。ネロは20代の終わりにさしかかっていました。彫刻家は彼を公式肖像の第四の型で表し、顔はふっくらと肉づきがよく、首は太くなっています。髪はうなじまで届き、額の上には鎌形の巻き毛が一列に並びます。伝記作家スエトニウスは、この髪形を苦々しげに書き留めました。ネロはいつも髪を段状に整え、のちのギリシア旅行の際には後ろ髪を長く伸ばした、というのです。
大理石は傷んでいます。鼻と耳の縁は石膏で補われ、顎にも石膏の継ぎ当てがあり、首は近代になって切り詰められました。




