
キリストの哀悼
作品情報
ストーリー
嘆く人々の背後には広い風景が広がっています。聖クリストフォロスが幼子キリストを肩に乗せて小川を渡り、遠くの岩山にはゴルゴタの十字架が立ち、その一本にはまだ梯子が立てかけられたままです。手前では白い布の上にキリストの亡骸が横たわり、地面には茨の冠が落ちています。
オルトラーノがこの祭壇画を描いたのは1515年から1520年ごろ。絵はフェラーラで「マドンニーナ」と呼ばれたポルタ・ディ・ソット教会にあり、暗い色の帽子をかぶった髭の男性は、この教会を創設したフェラーラの貴族アントニオ・コスタビリとされています。1598年からフェラーラは教皇の支配下にあり、1620年、絵は祭壇から外され、代わりに地元の画家ジュリオ・クローメルの模写が置かれました。1622年には、ローマで教皇パウルス5世の甥、シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿のために金の額縁が付けられています。
1970年代、絵の具の層は木の板からアルミニウムの支持体へ移されました。

