
Edvard Munch · PD
ラウラ・ムンク
作品情報
ストーリー
1882年、ムンクは18歳、妹のラウラは15歳だった。この年に兄が油彩で描いたラウラの肖像が、オスロのムンク美術館に二点残っている。本作はそのうち簡素なほうで、縦23.5センチ、横18センチの紙に描かれ、署名はない。暗い背景の前で、暗い色の服に白いレースの襟、喉もとに丸いブローチをつけた少女が、まっすぐこちらを見ている。ラウラという名は母からとられた。その母は1868年の暮れに結核で亡くなり、娘はまだ二歳にもなっていなかった。五人の子どもと家のことを引き受けたのは、母の妹カーレン・ビョルスタだった。ラウラは若いうちに心の病を患い、大人になってからは入退院を繰り返した。入院先には、当時クリスチャニアと呼ばれていたオスロの近郊にある国立のガウスタ精神病院も含まれる。ラウラは1926年に世を去った。




