
ミントゥルナエのマリウス
作品情報
ストーリー
左の兵士を見てください。剣を下げ、マントで目を覆っています。ドルーエはこの絵を1786年、ローマのフランス・アカデミーの給費留学生として描きました。アカデミーはコルソ通りのマンチーニ宮で作品を公開し、10月にパリへ送り出します。翌年、画家の母アンヌ=フランソワーズ・ドレがパリの自宅でこの絵を披露しました。1788年に画家が亡くなると絵は母のものとなり、のちにおばのマリー=ジャンヌ・ドレに渡ります。1816年2月20日、国はこのおばから、年1000フランの終身年金と引き換えに作品を手に入れました。同じ年、ドルーエの師ジャック=ルイ・ダヴィッドは、かつてルイ16世の処刑に賛成票を投じたことから追放され、ブリュッセルへ亡命しています。現在、絵はルーヴルの新古典主義を集めたダリュの間に掛かっています。