
メアリー・シアーズ(のちのフランシス・ショー夫人)
作品情報
ストーリー
1879年のパリのサロンで、この肖像は「ミス・M・S」という控えめな題で展示されました。イニシャルの主はボストンの若い女性メアリー・シアーズです。両親のナイヴェット・ウィンスロップ・シアーズとメアリー・ピーボディ・シアーズが前年に注文した肖像で、家族の話では、メアリーはパリのボナのアトリエでポーズをとりました。美術館の記録によれば、ボナはこれを自作のなかでも出来のよいものと考えていたといいます。メアリーはのちにフランシス・ショーと結婚したため、美術館の題にはふたつの名が並んでいます。
肖像は半世紀以上、一家のもとにありました。1930年、妹のクララ・エンディコット・シアーズがボストン美術館に寄贈します。クララは作家であり、いくつもの博物館をつくった人でした。1914年にはマサチューセッツ州の町ハーヴァードに「フルートランズ」を開いています。そこは哲学者ブロンソン・オルコット、つまり『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オルコットの父が、1843年に理想の共同体を営もうとした農家でした。

