
Daderot · PD
マルト・ビベスコ公妃
作品情報
ストーリー
マルト・ビベスコはブカレストに生まれ、20歳そこそこで書いた旅行記『八つの楽園』でアカデミー・フランセーズの賞をとった。プルーストが手紙でその文章を褒め、コクトーやリルケが友人にいた。第一次世界大戦のあいだはブカレストにとどまり、ドイツ軍の占領下で病院を切り盛りしている。
ヴュイヤールがこの肖像を描いたのは1920年ごろ、その戦争が終わって間もない時期だ。二人は1907年前後には知り合っていたとみられている。
若い頃のヴュイヤールは、家族の暮らす部屋を手のひらほどの厚紙に描く画家だった。この絵も支持体は厚紙で、ただし縦112センチ、横81センチある。公妃は装飾に埋もれた室内に身を沈め、電灯の光が控えめに回り、奥の鏡が別の部屋を映している。顔も、家具も、壁紙も、同じ筆の運びで置かれている。




