
ルシタニア人の首長ウィリアトゥスの死
作品情報
ストーリー
ローマは、戦場で倒せなかった相手を買収で片づけた。ルシタニア人を率いたウィリアトゥスは十年近く軍団を退け、紀元前139年、ローマ側に買われた三人の部下に、眠っているところを殺される。マドラソが選んだのは、その遺体が見つかる場面である。画面は幅四メートル半を超え、人物は一つの平面に並び、天幕がめくり上げられて奥の陣営が見える。制作は1807年のローマで、画家はカルロス4世から与えられた年金で暮らしていた。翌年その国王は退位し、フランス軍がマドリードを占領する。ローマに残ったマドラソはジョゼフ・ボナパルトへの忠誠の宣誓を拒み、ほかのスペイン人芸術家とともにサンタンジェロ城に留め置かれた。この絵はローマに対するイベリア諸民族の抵抗を主題とする連作の第一作として構想されたもので、実際に描かれたのはもう一点、ヌマンティアの滅亡だけである。