
カティリナの遺体の発見
作品情報
ストーリー
紀元前63年にキケロが暴いた陰謀の首謀者カティリナは、その翌冬、残った兵とともにピストイア近くの丘で戦死しました。フィレンツェから30キロほどの場所です。アルチーデ・セゴーニは1871年にその戦場をあらためる場面を描き、フィレンツェ美術アカデミーの三年に一度の公募展に出して金メダルを得ました。受賞によって画布はそのままアカデミーの近代絵画のコレクションに入り、その一群が後にピッティ宮へ移されます。作品は今、宮殿の上の階にある近代美術館にあります。階は下のパラティーナ美術館と別ですが、入場券は共通です。当時、キケロのカティリナ弾劾演説はどこの学校でも読まれる文章でした。アカデミー時代の古い番号451は、今もこの絵に付いたままです。