
皇帝マクシミリアン1世の家族
作品情報
ストーリー
1515年の夏、ウィーンの聖シュテファン大聖堂で、皇帝マクシミリアン1世はハンガリーとボヘミアを治めるヤギェウォ家の王と二重の婚約を結んだ。孫娘マリアは両国の王位継承者である少年ラヨシュと、ラヨシュの姉アンナは皇帝の孫の一人と結ばれることになった。この板絵は、そうして広がった一族の姿を残すために、間もなく描かれたものだ。後ろに立つのはマクシミリアン、最初の妻マリー・ド・ブルゴーニュ、そして二人の息子フィリップ美公。前には三人の少年が並ぶ。中央がのちの皇帝カール5世、左がフェルディナント1世、右がラヨシュで、マクシミリアンは同じ会議の場で彼を養子に迎えていた。頭上に書かれたラテン語の名前は、一同をキリストの親族として位置づけている。1526年、ラヨシュはオスマン軍とのモハーチの戦いから逃れる途中で溺死し、二つの王冠はフェルディナントのものとなった。
