
ラザロの復活
作品情報
ストーリー
この板絵は、パレンシアのサン・ラサロ教会のために作られた八枚続きの祭壇画の一枚でした。注文したのはドン・サンチョ・デ・カスティーリャ、カトリック両王の世継ぎフアン王子の養育係を務めた人物です。プラド美術館は制作年を1514年から1519年の間としており、1519年は画家がパレンシアで没した年にあたります。フアン・デ・フランデスはネーデルラントから来てイサベル女王の宮廷画家を務めた人で、晩年の作では人物が大きくなり、この板でもキリストとラサロ、そして手を伸ばす姉妹が画面の大半を占めています。支持体は北方でよく使われた樫ではなく、松の板です。祭壇画はスペイン内戦の後に解体されて売られ、四枚はワシントンへ渡り、残る四枚を1952年にスペイン政府が買い戻しました。ラサロは開いた石棺から身を起こしたところで、目はまだ暗く濁っており、足もとの土には髑髏が転がっています。
