ストーリー
この家を建てた人物は、息子がどこかで知られるよりずっと前から、エラブガでは知られていた。イワン・ワシーリエヴィチ・シーシキンは商人で、二度町長に選ばれ、思いついたことを自分の費用でやってしまう人だった。1833年にはエラブガのために木製の水道を設計し、費用も出した。1867年には川を見下ろすブルガールの城砦跡チョルトヴォ・ゴロジシチェの石の塔の修復に取りかかり、モスクワの古文書学者と組んで進めた。町の歴史も書いている。
息子のイワンはこの家の一階で育った。その部屋はいま、1840年代のカマ川沿いの商家の暮らしぶりに合わせて整えられている。二階は画家のほうで、カンヴァスと素描と銅版画、画材、一家の文書が並ぶ。家はトイマ川がカマ川に注ぐあたりの高台に建つ。
博物館の開館は1975年7月24日、エラブガ博物館保護区に属している。保護区は町のもうひとつの記念館、1941年にここで亡くなったマリーナ・ツヴェターエワの家も守っている。
