
ストーリー
キーウのペチェールシク地区、ラヴルスカ通りに延びる黄色いれんがの長い建物は、武器を収めるために造られた。ロシアの女帝エカチェリーナ2世が1783年にペチェールシク要塞の兵器庫の建設を命じ、1801年に完成した。大砲と弾薬の工房兼倉庫であり、キーウで最初の古典主義様式の建物でもある。温かな琥珀色のれんがから、「磁器のアルセナール」という愛称で呼ばれた。
その後二世紀にわたり、建物は軍と産業のために使われた。2006年、ウクライナ政府はここを芸術と文化のための国立ミュージアム複合施設「ムィステツキー・アルセナール」に生まれ変わらせた。長いヴォールト天井のホールでは現在、現代美術と歴史的な美術の大規模な展覧会、演劇、そして文学祭「ブック・アルセナール」が開かれている。
施設には収蔵品もあり、なかでもよく知られているのが、キーウ生まれのシュプレマティスムの創始者カジミール・マレーヴィチによる二点の絵画である。そのひとつ、1916年の《シュプレマティスム・コンポジションI》は、明るい灰色の地に緑の三角形、青い円、細い暗色の長方形が浮かぶ小さなカンヴァスだ。この絵はキーウのコレクター、イーホル・ディチェンコの手を経ている。彼はモスクワでマレーヴィチの弟子の作品として勧められたが、巨匠本人の作ではないかと考え、二年にわたる修復と調査の末にその見立てが裏づけられた。
