
ストーリー
クロイスターズ美術館で歩き抜けるアーケードは、フランス南部で彫られたものだ。ピレネー山中のサン・ミシェル・ド・キュクサ修道院から運ばれたピンクの大理石の柱、解体された他の四つの回廊から集められた柱頭で、それらが立つ建物は1938年5月に開館した。マンハッタン北部のこの丘に修道院が建っていたことは一度もない。市の南にあるリバーサイド教会を手がけた建築家チャールズ・コレンズが、本物の中世の石を組み上げて、実在しなかった場所をつくった。礼拝堂、参事会室、塀に囲まれた庭が一つづきに読めるように配置されている。
石をニューヨークへ運んだのは、アメリカの彫刻家ジョージ・グレイ・バーナードである。第一次世界大戦前の数年、彼はフランスの農村で中世の彫刻を買い集めた。フランス革命のあと、回廊の断片は農家の庭や納屋に散らばっていた。1914年からは、ワシントン・ハイツの自分のアトリエ近くのれんが造りの建物で見せている。メトロポリタン美術館は1925年、ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアの資金でこのコレクションを購入した。ロックフェラーはその後、公園と新しい美術館の費用も出し、自分の所蔵品も加えた。そのひとつが1500年ごろに織られた「ユニコーン狩り」のタペストリー七点で、1922年に買い、1937年に寄贈している。
ロックフェラーは眺めも買った。ハドソン川の対岸、ニュージャージー側の断崖パリセーズの上に数百エーカーを取得し、公園として保護させた。この窓から見える景色が、背後で塞がれないようにするためである。
ロベルト・カンピンの工房による小さな受胎告知の三連祭壇画は1425年ごろの作で、天使をありふれたネーデルラントの居間に置き、右翼ではヨセフがねずみ捕りをつくっている。いちばん大きな部屋にあるのは、フエンティドゥエニャのサン・マルティン教会のロマネスク様式の後陣だ。番号を振った約3,300個の石灰岩ブロックを1958年にスペインから船で運び、四年かけてここに積み直した。スペインがこれを売却したことはない。後陣は長期貸与で、ニューヨークからマドリードへ渡った壁画六点と引き換えになっている。

