ジャン=バティスト・カミーユ・コローに帰属
フランス · バルビゾン派, 写実主義
ストーリー
コローは3000点の絵を描き、そのうち1万点がアメリカで売れた、という言い回しがありました。冗談ですが、根拠のない話ではありません。晩年の数十年、羽毛のような木々が静かな水面にかかり、草地に人物が一人か二人いる銀灰色の風景画はよく売れ、模写する者や贋作者が数多く作りました。1920年代の初めにジュソームというフランスの医師が亡くなったとき、彼はコローの作と信じた絵を2414点残しましたが、一点残らず偽物だとわかりました。
「帰属」とは、美術館がその作家の作である可能性が高いと考えながら、証明できないときに用いる言い方です。コローの構図を写した模写を示す「コローに基づく」よりは強く、作家の名だけを記すよりは弱い表現です。
この名のもとにある絵のうち、一点はクラクフのヴァヴェル城にある、幅1メートルの風景画で、1850年以降のいつかに描かれました。城の目録はこれをコローの作とし、疑問符を添えています。左では牛と山羊が草を食み、白っぽい幹の高い木々の下に女性が座り、その奥に水面が広がっています。別の一点はボストンにある1870年ごろのソーヌ川の眺めで、1924年にボストン美術館に入りました。
