トゥルゴヴィシュテのドブロミル
ワラキア公国 · ポストビザンティン美術
ストーリー
ドブロミルについて知られていることのほとんどは、壁に描かれた銘文によるものです。そのひとつは、当時ワラキアの首都だったトゥルゴヴィシュテ近郊のデアル修道院に彼を結びつけています。1514年、ドブロミルはジティアンとスタンチウという地元の画家たちと共に、そこの教会に壁画を描きました。もうひとつの銘文は1526年の日付をもち、ネアゴエ・バサラブ公が建てた壮麗なクルテア・デ・アルジェシュ修道院の聖堂にあります。そこには画家としてトゥルゴヴィシュテのドブロミルの名が記され、オスマン帝国との戦争で工事が遅れ、ネアゴエの後継者であるアフマツィのラドゥの時代に完成したと説明されています。
彼の生年と没年は記録に残っていません。1882年、フランスの建築家アンドレ・ルコント・デュ・ヌイが率いた修復の際に、アルジェシュの壁画は剝がされ、教会は描き直されました。残っている断片は35点だけで、元の面積の十分の一にも満たず、そのうち29点が現在ルーマニア国立美術館にあり、ネアゴエ一族の寄進者肖像も含まれています。

