エルマ・ボッシ
1875–1952 · オーストリア=ハンガリー帝国, イタリア王国 · 表現主義
ストーリー
エルマ・ボッシは、彼女が自分で選んだ名前である。1875年、海軍士官の娘エルミニア・ボシッチとして、当時オーストリア=ハンガリー海軍の主要な基地だったアドリア海の港町ポーラに生まれ、近くのトリエステで学校に通った。1900年頃にはすでに作品にエルマ・ボッシと署名している。のちにテノール歌手カルロ・バッレーラへの敬意から「バッレーラ」の名を加えたが、二人が結婚したことはない。
1904年に絵を学ぶためミュンヘンへ移り、1908年にはミュンヘン南方の町ムルナウで、カンディンスキー、ガブリエーレ・ミュンター、マリアンネ・フォン・ヴェレフキン、アレクセイ・フォン・ヤウレンスキーと同じ下宿に滞在した。翌年には彼らのミュンヘン新芸術家協会に加わり、協会の三回の展覧会すべてに出品している。ミュンターは、カンディンスキーと食卓を囲む彼女の姿を描いた。
1911年までにボッシはパリへ移り、1920年代からはイタリアのパスポートを持ってミラノで暮らした。作品の多くは戦争で失われ、ほとんど忘れられていたこの画家の個展がムルナウ城博物館で開かれたのは、ようやく2013年のことだった。

