
ゲオルギウス・ヤコブス・ヨハネス・ファン・オス
1782–1861 · ネーデルラント王国 · 新古典主義
ストーリー
花を描くことは、この一家の家業だった。ゲオルギウス・ファン・オスは1782年にハーグで生まれた。父ヤン・ファン・オスは同世代のオランダを代表する花の画家のひとりで、母スザンナ・ド・ラ・クロワも絵を描いた。兄ピーテルと姉マリア・マルガレータも画家になり、ゲオルギウスは父の工房で修業した。
1809年、アムステルダムの芸術・学術協会フェリックス・メリティスで静物画により一等賞を得て、以後は静物画ひとすじに進んだ。1810年代にはアムステルダムで制作し、花束や狩りの獲物を大理石の台座に置き、ギリシアの壺や古代風の浮彫を添える、当時の古典趣味の画面を描いた。1820年代にパリへ移り、フランス王立の磁器工場セーヴル製作所で磁器に花の絵付けをしながら、オランダやフランスの顧客に油彩画を売り続けた。1830年代からは夏をハールレムで過ごし、オランダの植物を網羅する長期刊行の図譜『フローラ・バタヴァ』のために植物を描いた。1861年、パリで没した。

