ゲオルゲ・タタレスク

ゲオルゲ・タタレスク

1818–1894 · ルーマニア · 新古典主義, アカデミー美術


ストーリー

1849年のローマで、古くからある美術学校サン・ルカ・アカデミーに学ぶ一人の若い画家が、『ルーマニアの目覚め』と題した寓意画を描いた。ワラキアでは1848年の革命がオスマン軍とロシア軍によって鎮圧されたばかりで、指導者たちは亡命先に散っていた。1818年、モルダヴィアとワラキアの境にある町フォクシャニに生まれたゲオルゲ・タタレスクは、国外で彼らの何人かの肖像を描いた。将軍ゲオルゲ・マゲルもその一人であり、1851年には歴史家で革命家のニコラエ・バルチェスクを、ほとんど同じ三つのバージョンで描いている。

学業を終えてブカレストに戻ると、彼は40年にわたって教会の壁に向かい、手がけた教会は50を超える。ヤシの府主教座大聖堂やブカレストのコルツェア教会もその中に含まれる。彼はそこに、ローマでラファエロを模写しながら身につけたイタリアのアカデミックな画風を持ち込み、それまでのポスト・ビザンティン様式の壁画に置き換えていった。1864年には画家テオドール・アマンとともにブカレストに美術学校を創設し、1865年には人体のプロポーションについての手引書を出版した。アトリエを備えたブカレストの彼の家は、1950年代から記念館になっている。

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作品

2点の作品