石川豊信

石川豊信

1711–1785 · 日本 · 浮世絵


ストーリー

石川豊信の画業のほとんどの時期、日本の版画がのせられる色は二色か三色にすぎなかった。多色摺りの木版印刷はまだ存在せず、18世紀なかごろ、豊信はいわゆる紅摺絵のもっとも忙しい作り手の一人だった。黒い輪郭の上に、紅の版と緑の版を重ねて摺り上げる版画である。

彼はこの技を西村重長に学んだ。この時代の何人もの名手を育てた版画師である。そして豊信は、その限られた色数で、役者や美人を絶え間なく世に送り出した。かたわらで、彼はもう一つの人生も送っていた。糠屋七兵衛の名で、江戸、いまの東京で宿屋を営んでおり、版画だけが暮らしの糧ではなかった。

やがて足もとが変わる。1765年、同じ絵師の鈴木春信が錦絵、すなわち多色摺りの版画を世に出す手助けをし、豊信が磨いてきた二色の仕事はにわかに古めかしく見えた。まもなく彼は浮世絵を手がけるのをやめ、その後さらに二十年ほど静かに生き、1785年に世を去った。

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作品

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