
イヴァン・グロハル
1867–1911 · ツィスライタニア · 印象派
ストーリー
農夫が、霧の朝の冷たい光のなかで、耕された畑に種をまいている。その背後には木造の干し草掛けが立ち、さらに向こうには、小さな町シュコフィヤ・ロカのそばのカムニトニクの丘が見える。これが1907年に描かれた「種をまく人」で、スロベニアの人々のほとんどが、その一場面を五ユーロセント硬貨の国名面という形でポケットに入れて持ち歩いている。
これを描いたイヴァン・グロハルは、当時オーストリア=ハンガリーに属した上カルニオラの丘の、貧しい村に孤児として育った。早くから絵の才を見せたが、それを伸ばすすべがなく、やがて土地の司祭が彼を教会画家のもとへ修業に送り、以後何年も宗教画で生計を立てた。彼は写実から少しずつ印象派へと進み、スロベニア絵画では新しい、明るく砕けた筆致を用いた。かたわらには、リハルド・ヤコピッチやマティヤ・ヤマらの小さな仲間がいた。
「種をまく人」はやがて、不確かな未来を思い描く一つの国民、いつか収穫するために種をまく民の姿を表すものとなった。グロハルはその名声を味わうまで生きられなかった。彼は長らく結核を隠しており、1911年、43歳でリュブリャナの病院でその病に斃れた。
