
Filippino Lippi · PD
音楽の寓意(エラト)
作品情報
ストーリー
フィリッピーノ・リッピがこの小さなポプラ材の板を描いたのは1500年ごろのフィレンツェで、シニョリーア広場で修道士サヴォナローラが絞首にかけられ焼かれてから二年後にあたる。その前の何度かの冬、サヴォナローラに従う人々は、同じ広場で鏡や鬘やトランプや絵を積み上げて燃やしていた。そのあいだもフィリッピーノは町でいちばん忙しい画家の一人で、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂のストロッツィ家礼拝堂の壁画にかかりきりだった。この板絵は誰かの私室のために作られている。海辺に立つ若い女が長いリボンを持ち、二人の小さなクピドがそれを手綱にして白鳥をつないでいる。左では牡鹿の頭骨からリラが生え、そばにパンの笛が置かれている。この持ち物を読み解いて、彼女を抒情詩の女神エラトと名づけたのは、ドイツの美術史家アビ・ヴァールブルクだった。




