
Edvard Munch · PD
解剖学を学ぶアンドレアス・ムンク
作品情報
ストーリー
1886年の秋、ムンクは当時クリスチャニアと呼ばれていたオスロの展覧会に《病める子》を出し、酷評を浴びた。同じ年に描かれたのが、弟アンドレアスのこの姿である。アンドレアスは前年に医学の勉強を始めたばかりで、手には本、机には書きかけの覚書が置かれている。ムンクが描いた弟の肖像には、たいてい本が付いている。ここで弟と正面から向き合っているのは頭蓋骨だ。父は軍医であり、母は結核で、姉のソフィエも15歳のときに同じ病で亡くなっていた。医学はこの一家の職業であると同時に、何度も間に合わなかったものでもある。アンドレアス自身は医師になり、結婚したその年、1895年に30歳で亡くなった。




