
Camille Pissarro · PD
中国の花瓶の菊
作品情報
ストーリー
菊がフランスの庭に入ったのは18世紀の終わり、中国からで、大輪の日本の品種が届くのはさらにあとのことである。1870年代のパリでは、まだ新しく、少し異国めいた花だった。モネもルノワールもカイユボットもこの花を描いている。ピサロがこれを描いた1873年、彼はルーヴシエンヌを引き払ってポントワーズに移ったばかりだった。畑と道ばかり描いてきた人が、この数年だけ室内の静物を続けて手がけている。背後の縞の壁紙は、同じ時期の別の静物にも出てくる。同じ部屋で、同じ机の上に並べ替えられていたことがわかる。花の形は壁紙や花瓶の模様にも繰り返され、磨いた天板には映り込みが描き込まれている。




