
アランソン公フランソワ=エルキュール・ド・フランス
作品情報
ストーリー
1566年、アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの末息子で、エルキュールと洗礼名をつけられた王子は、堅信の際にフランソワと名を改めました。同じ年、彼はフランス王家の騎士団である聖ミカエル騎士団の頸飾を授かったようで、ルーヴルはここで彼が身につけているらしいその頸飾をもとに、元になった肖像画を1566年頃のものとしています。この板絵はフランソワ・クルーエの工房で作られたヴァージョンで、1566年か1567年の作とされています。
裏面には、オーク材に貼られた紙に古い書き込みがあり、モデルを「アンリ3世の弟、アランソン公殿下」と呼んでいます。この呼び方が成り立つのは、兄アンリが王位に就いた1574年より後のことなので、このラベルは絵よりずっと後に書かれたことになります。少年はのちにイングランド女王エリザベス1世に求婚し、1584年に亡くなりました。板絵は1856年、ルネサンスの工芸品を集めたパリの収集家シャルル・ソヴァジョの寄贈によってルーヴルに入りました。