
Attributed to Pietro Perugino / Formerly attributed to Raphael · PD
ガリツィン三翼祭壇画
作品情報
ストーリー
この『磔刑図』は、多くの絵が生き延びて語り伝えるよりも、はるかに長い旅をしてきた。ペルジーノがこれを描いたのは1480年代初め、トスカーナのサン・ジミニャーノにあるドメニコ会の教会のためだった。1790年代にフランス軍が修道院を接収すると、この板絵は運び出され、今度は若きラファエロの作品として、ローマ駐在のロシア公使ガリツィン公に売られた。絵はモスクワへ渡り、やがてサンクトペテルブルクのエルミタージュに入った。1931年、ソヴィエト政府はこれをひそかにアメリカの実業家アンドリュー・メロンに売却する。彼の収集品は、のちにワシントンのナショナル・ギャラリーの礎となった。ラファエロという帰属は、結局ひとつの年号の前に崩れ去る。絵を注文した人物は、ラファエロがわずか14歳のときに世を去っていたのである。




