
Wassily Kandinsky · PD
灰色の楕円
作品情報
ストーリー
1914年に戦争が始まるとカンディンスキーはドイツを離れ、モスクワに戻っていた。1917年の2月にニーナ・アンドレエフスカヤと結婚し、秋には息子が生まれ、その年の10月には革命で政権が変わって、絵を買う画商も市場もいったん消える。この油彩はその1917年のものだ。画面の中央に灰色の楕円が置かれ、その内と外で線と色のかたまりがせめぎ合っている。彼は自作に通し番号をつけて手控えに記録しており、この一枚は217番にあたる。1920年、教育人民委員部の美術部門がモスクワから地方の新しい美術館へ作品を配ったとき、これはウラルのエカテリンブルクへ送られた。当のカンディンスキーも、その頃その部門で地方に美術館をつくる仕事に関わっていた。




