
Camille Pissarro · PD
エラニーの干し草作り
作品情報
ストーリー
1887年の夏、この絵はパリのブールヴァール・モンマルトルにあった画商ブソ・ヴァラドン商会の店に持ち込まれ、支配人だったテオ・ファン・ゴッホの手で8月に売られました。テオの兄フィンセントはそのころ同じ家に住み、ピサロの色の扱いを高く買っていました。描かれているのは、ピサロが1884年から暮らしたエプト川沿いの村エラニーの干し草作りです。中央では女性が干し草用のフォークを使い、その後ろでも同じ作業が続き、明るい光のなかにすでに積み上げられた山が見えます。絵肌は純色の細かい点と短い線でできています。当時ピサロが若い画家たちと試していた描き方で、手間のかかる仕事でした。息子のリュシアンには、思いどおりの効果を出すまでに何日も苦労したと書き送っています。




