
Wassily Kandinsky · PD
大きな習作
作品情報
ストーリー
1914年のカンディンスキーはミュンヘンに住み、画面から見分けのつく事物を消していく仕事の終盤にいた。その8月に戦争が始まり、ロシア国籍の彼はドイツを離れなければならない。スイスを経てモスクワへ帰り、この絵はベルリンで彼を扱っていた画商ヘルヴァルト・ヴァルデンの手もとに残った。のちにニューヨークのグッゲンハイム美術館に収まる。ところが1964年、同館は展示する場所がないという理由でカンディンスキー50点をロンドンのサザビーズに出し、ニューヨークでは非難の声が上がった。ロッテルダムの美術館がこの一枚を買ったのは、そのときの競売である。




