
ルクレティア
作品情報
ストーリー
1787年、古代彫刻の修復で知られたローマの彫刻家バルトロメオ・カヴァチェッピが、コレクションを売りに出した。ボルゲーゼ家に渡った女性の半身像二点は、ラファエロの弟子ペリーノ・デル・ヴァーガ作の「ユーノー」と「レダ」と記されていた。美術史家クリスティーナ・ヘルマン・フィオーレは、それがこの板絵と対作品だと考えている。つまりルクレティアは、女神ユーノーとして売られたことになる。取り違えも無理はない。短剣はどこにも見えず、女性は黒っぽい玉の首飾りと肩の金のブローチで宮廷婦人のように装っている。あらわな胸の下の小さな傷だけが、彼女の物語を告げる。ローマの伝説では、王の息子に辱められたルクレティアが自ら命を絶ち、それが王政の終わりにつながった。この絵の確かな記録は1833年が最初で、当時はジョルジョ・ヴァザーリの作とされていた。
