
Filippino Lippi · PD
聖母子像
作品情報
ストーリー
1899年、美術史家バーナード・ベレンソンは、どうにも作者の定まらない一群の絵に「サンドロの友」という呼び名を与えた。ボッティチェッリに近いが本人ではない、腕のいい誰か、という意味である。ベルリンのこの板絵もその一群に数えられていた。1470年代の後半、フィリッピーノ・リッピはまだ二十歳前後で、ボッティチェッリの工房で働いており、この時期の聖母子はどちらの手によるものか見分けが難しい。絵はポプラ材に描かれ、縦は81センチほどしかない。架空の画家の名は長く生き延びたが、ベレンソン自身がのちにそれを取り下げ、この種の絵は若いフィリッピーノに戻された。




