
聖母子と四聖人
作品情報
ストーリー
この祭壇画の四人の聖人は、百年以上前に別の画家が選んだ顔ぶれである。1530年ごろ、コレッジョはモデナの聖ペテロ殉教者兄弟会のために聖母子を描き、そのまわりに町の守護聖人である司教聖ゲミニアヌス、洗礼者ヨハネ、聖ゲオルギウス、そして頭に刃を受けて殺されたドミニコ会士、殉教者ペテロその人を配した。1649年、モデナ公フランチェスコ1世・デステはコレッジョの絵を自らのコレクションに移し、その代わりとなる祭壇画を、同じ四人の聖人を描くようグエルチーノに注文した。作品は1651年か1652年には仕上がっていたらしいが、聖堂に据えられたのは1668年のことだった。1783年に後の公爵が宮廷の画廊へ移し、1796年にはフランスの委員たちがパリへ運び去った。1815年に多くの作品がイタリアへ返還されたときも、この絵はルーヴルに残った。コレッジョの原作はとうに別の道をたどっていた。1746年に公爵家がザクセン選帝侯に売却し、いまはドレスデンにある。




