
Jean-Baptiste Camille Corot · PD
ブローニュ=シュル=メールの修道院長マリー=エロイーズ・デ・ディ・ヴェルテュ
作品情報
ストーリー
この修道女が属した修道会の始まりは、国王ルイ11世の娘ジャンヌ・ド・フランスにさかのぼります。ルイ12世との結婚を無効とされた彼女が、16世紀の初めに創設した会です。会則は聖母マリアの十の徳を柱としていて、モデルの修道名もそこから来ています。院長は「アンセル」、つまり「はしため」と呼ばれますが、これは受胎告知の場面でマリアが口にした言葉に由来します。俗名をエロイーズ・ジュヌヴィエーヴ・グリュゼルといい、ブローニュ=シュル=メールのアノンシアード会修道院を率いていました。コローが彼女を描いたのは1852年、高さ36センチの小さな板の上です。黒い大きなマントの下に修道会の赤いスカプラリオをまとい、白い襟をつけ、両手からはロザリオが垂れ、胸には青いリボンのメダルが下がっています。1904年、修道会を規制するフランスの法律によって、ブローニュの共同体はイギリスへ移ることになりました。




