
Henri Matisse · PD
キンレンカと《ダンス》I
作品情報
ストーリー
1912年、マティスはパリ郊外イシー=レ=ムリノーのアトリエでこの絵を描き、そこに自分自身の作品を招き入れた。壁に掛かった縦長のカンヴァスは、3年前に仕上げた輪舞の群像《ダンス》の左半分である。その手前に、木の椅子と彫刻家の三脚台、そして丸い葉を垂らしたナスタチウムの鉢を置く。三脚の脚の一本を《ダンス》の縁の上へまっすぐ伸ばし、部屋と、そこに掛かる絵とを、一枚の平らな色面へ溶け合わせている。翌年、このカンヴァスは大西洋を渡った。1913年、ニューヨークのアーモリー・ショーに掛けられたのだ。ヨーロッパの新しい美術をアメリカに紹介したあの展覧会である。絵はさらにシカゴとボストンを巡り、そこでマティスの作品は、ほかのどの作品よりも嘲笑を浴びた。この情景には2つの版がある。もう一枚はモスクワにあり、同じ画架の前で描かれた。




